【ゲームの摂理】第9回「逆境は正のベクトル」

副題(サブタイトルとも言うか):「よかった探し」というゲーム

「よかった探し」とは、今はもう懐かしくて涙が出ちゃうずーっと何年も前、毎週日曜の夜7時半に放映されていたカルピスアニメ劇場の「ポリアンナ物語」で、主人公の少女ポリアンナが日常の習慣付けている(てか、ありゃもう癖といってもいいね)ゲームです。

たとえば・・・

エイジングで結構レベルの高い、しかもレアなアイテムを消失したとします。その場合、高額なゲームマネーも同時に失うことになりますね。
その瞬間、たいていの人は、

     ....orz

といった心境になるわけでしょうが、ポリアンナの場合、すぐ立ち直っちゃうんですよ。
「ああ、よかった、これでまたがんばって新しいアイテムをGetすべく、続けれる、また楽しいゲームをする時間が増えるんだわ。」とか何とか言うんでしょうね。

(書いていて、「なんてすごい少女だったんだろう・・・」と、いまさらながら驚きますが)

興味深いのは、彼女の場合、人生というゲームの中に、ひとつのゲームを入れ子にして、人生と、よかった探しのどっちも同時に楽しんでいることです。

この構図は、プテ中の狩り以外のエイジングやミクスチャー、その他プチイベント的な、ゲームの基本要素以外が用意されていて、それらにはたらきかける事で、ゲームプレイに深みを持たせるといいますか、楽しめることを保っているといいますか、だいたいそのようなことと似ていると思います。

プテや他のほとんどのMMORPGらは、サービスが続けられるまでの間、たいていゲームオーバーがない仕組みになっていますが、そのせいかどうかわかりませんが、「ゲーム生活」(ゲーム内のキャラクターがさも人生を歩んでいるかのような感覚で、ゲーム内の日常を過ごすみたいなこと?)なんてーのが、長く続けていると、自然と気分としてふと浮き上がって来ることがあります。

もうそうなると、単なるゲームではなくなりますね。

して、しまいにはこれらを総括して、いずれそのうちに、
「ああ、こんなに楽しめた、よかったよかった。」と、大往生を迎え・・・・れたなら、なんて幸せだったのだろうあのころは、と、数年先に思い起こすことがあるのかもしれません。

そのためにも、サービスが、可能な限り長く続けていてほしいなと。

どうかひとつ、
よろしくお願いしますよ。


(後記:「あんなに」楽しめたと書くと、なんか韻を踏んでいて気持ち悪いのと、過去形にすると、引導を渡している風な印象になりそうなのが嫌なので、「こんなに」としました。)
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by cicadas | 2007-08-22 01:55 | 感情論(徒然に