【ゲームの摂理】第1回「ゲームは逃げない」

ゲームは逃げない
それがこの世界の摂理だと思わないか。

以上は、プテのリカルデンにて、あるとき、途中まで打って、「酔ってるな」と思って咄嗟にバックスペースで消した台詞です。

長い間続けていると、これまで育ててきたキャラクターを削除する(あるいは削除してしまった)方が居ると言う情報に出くわします。

なぜそれをするのかな・・・それは、プレーヤーの決めたことなので、ぜんっぜんかまわないし、干渉することは実際ナンセンスと言えるのですが、ネットワークによってあれやこれやと共有してきた中で、いつしか仲間意識が醸成されるMMORPGの世界では、他者に及ぼす影響も少なくないですね。

そうしたとき、言いかけて打ち消した言葉がそれでした。
打ち消した本当の理由は、一歩引いて考えてみると、自己矛盾が発見されそうに思えたからなんですが、それは折々明らかにしてゆくかもしれないので、置いといてと・・・

(注:この連載ではなるたけゲームに入った感に指向した内容で進めます。ので、隣の竹やぶがどうとか、猫がキーボードに粗相をしたとか、だいたいそのようなそちら側のことは、たぶん書きませんので、念のため。)





・・
時に、難易度と称する尺度が与えられることによって、壁のようなものを意識の内部にもたらし、それを中核として、プレッシャーとか、壁そのものだったりとか、はたまた鉄格子に阻まれて、それを超えることが到底むりっぽいとか、そんな悶々とした感情を数日間放置したままで居ると、歯垢のようにざらざらしてきて、しまいには我慢ができなくなりますか。

一過性のある鬱ならまだしも、これが深刻な悩みにまで発展することも稀ではありすが、可能性はありますよね。

ゲームは、どんなものでも、何度でもやり直せます。
いつでも途中でやめることができます。
がしかし、リセットした瞬間、それまで蓄積してきた多くを削除することになります。

削除とは、Windowsのデスクトップ上では、ゴミ箱に入れることです。
気をつけねばならないのは、これまで過ごしてきたものが、はたしてこれから続けてゆく場合や、別の新しいことを始めようとする際に、必要なものなのかどうか、このへんをよくよく吟味して納得ずくで判断することです。

そうしないと、必ずどこかにしこりが残るし、シチュエーションによっては、愕然と後悔の念にさいなまれるかもしれないですし、たとえ、運良くそのような削除問題をクリヤーしても、必ずどこかに残されている些細なしこりを、これまた放置していると、何がしか行動をするたびに足かせのような働きをして、邪魔でしょうがない。
そんなこともあるかもしれません。

プテのようなMMORPGは、基本的なプレー以外のことは、ほとんど何でもあり、多くがコミュニティーの自治にゆだねられています。

なので、この「なんでもあり」がなかなか曲者でして、時に(冒頭で述べた)ありもしない尺度まで不意に思い浮かべちゃったりなんかして、憶えも無く自ら不利益なことに向かうことだってありますか。

そんなマイナス因子を打破するために、今していること、今ここにいることに何らかの価値のようなものを見出し、ついでに、それまでの物事は私にとっては意味があると、気づく。
それは抽象的にでもかまわない。

(ここで腕組んで目を瞑って、うーんと首を下に倒した挙句、ぱっと宙返り)

今の削除って、プレーヤーがしたことなんだよね、だったら、いつか戻るかもしれない。

データーの削除は、基本的には運営がそれを行うのであって、運営がそれを行わない限り・・・つまり、データーがなくならない限り、ゲームはゲームであり続けると言います。バックアップは何のためにするのかと考えると、その答えはほぼ自動的に浮かび上がってきます。

ゆえに
ゲームはそれ自体が稼動不能にならない限り逃げないものなのだと言います。

そして、ゲームに入ればその世界はだいたいは前のままだったりしますれば、
私たちは知らず知らずのうちに、そのようなことをいちいち無意識のうちに感じている(確認している)
のかもしれません。

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by cicadas | 2007-04-13 01:35 | 感情論(徒然に