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全学中ノート

全学中ノート、これを知っている人は想像するのが困難なくらい少ないのかもしれない。

パソコンがマイコンと呼ばれていて、興味を持ったものがそれを購入するのが(当時は高価なものだったから)極めて困難だった頃に、パソコン通信サービスがどこにも起こされていないばかりか、ファミリーコンピュータ(ファミコン)さへ確かまだ出来ていなかったと記憶している。
そんな昔に、掲示板みたいな草の根のささやかな文化が、大学ノートを媒体として、間違いなく存在していた。

それは、大学ノート(若干ファンシーなものもあった)に一人一日一ページかその半分くらいのペースで、思っていること考えていることを書く。書いたら、友人(クラスが別でも、学校が別でもよい)に渡して書いてもらい、その次は、別の友人に渡して書いてもらうようにする。気の合う友人はだいたい多くて十人いるかいないかだったので、月に4~5回のサイクルで、読んでは書いていた。

特にテーマはなく(中にはテーマで縛るのも少しはあったらしいけど、それは確か長くは続かなかったんじゃなかったかな)前に書いた内容に繋げて考えや意見を続けるのも、新たな話題を書くのも自由、書いたページの余白に軽い突っ込み、コメントを添えるのも自由。ペンネームで書くこと、それに、ページ番号を打ってから始めること、ページを破かないこと以外、特に強要も規制もなく、削除されることもなければ、手数料もない。

それは、中学校後期か高校生活を満喫していた誰かが、おそらくは他校との交換日誌みたいなことをはじめたのがきっかけだったのだろう。私はそのようなスタッフではなく、誰かに「何か書いてみてよ」と軽く頼まれたのがきっかけで参加したに過ぎない。でもそれは私が想像しているより遠くの学校にまで繋がっていたみたい。

それに参加していたのは、校内では極少数の有志に過ぎなかったけれど、そのノートは人の手から別の手へと、日を重ねる毎に伝わって行って、伝わる先ごとに号数が追加され(ページが尽きると、次の号のノートを作る)しまいには、全国の有志によって、規範はなくても形態としてはかなりのボリュームに成長していったのかもしれない。(実際に確認したわけではない。そのノートの名称が「全学中=全国の学校中でと言う意味?」であることから、私が勝手に想像しているに過ぎないので、確証は無い。もっと親身に付き合うべきだったか・・・)

それによく似たことが、パソコンを個人でも所有できて、常識的な範疇である程度自由に、インターネットを媒体として実現している今日では、はたしてその姿は健在なのだろうか、それとも・・・
by cicadas | 2005-04-17 05:58 | 近況かもしれない